私が「スラックス」「パンツ」ではなく「トラウザーズ」と呼ぶ理由
私がやたらと用いる「トラウザーズ」という単語は、多くの日本人にとって耳慣れない単語かもしれない。
つまりは「ズボン」、とりわけスーツのそれである。
昔の日本では「長袴(ちょうこ)」などとも呼ばれていたようだが、さすがに今はほとんど使われていない単語だろう。
日本では「スラックス」と呼ばれることも多いが、Slackは「緩い、だぶだぶな」という意味で、元は1930年頃にアメリカで流行った、ゆとりのあるトラウザーズのことを指したものが、次第にトラウザーズ全般を指す単語として日本でも使われるようになったらしい。
ただ、欧米ではもはやあまり使われない単語だという。
なぜ私が「トラウザーズ」呼びにここまでこだわるのか。
別に、私が英国マニアだからという理由だけではない(その理由が占める部分は大きいが)。
「ズボン」というとあまりにもダサい。
「スラックス」は先に述べたように、「だぶだぶな」という意味で、やはりなんとなくダサい。
かといってアメリカ風に「パンツ」と呼ぶと、英国人や日本人は下着を連想するかもしれない。
ここで話が逸れるが、日本におけるカタカナ英語は、戦後のアメリカの影響でアメリカ風のものも多いものの、幕末・明治期に英国の文化を手本としたために、英国風の呼び方も少なくない。
例えば、「タイツ」のことは英国でもTights(タイツ)と呼ぶが、アメリカではPantyhose(パンティーホウズ)と呼ぶ。
名称以外にも、発音においても、Vitamin(英:ヴィタミン、米:ヴァイタミン)はカタカナ英語でも「ビタミン」と、英国式の発音に近い。
話を戻すが、そもそも、この服装自体が英国生まれなのだから、やはり英国式に「トラウザーズ」と呼ぶのが当然だと思う。
私が敬愛する、ホグワーツ魔法魔術学校の校長であった故アルバス・ダンブルドア氏(1881-1997)は生前、彼の教え子であったハリー・ポッター氏が、かつて闇の魔法使いとして恐れられた「名前を言ってはいけないあの人」ことヴォルデモートのことを魔法界の慣例に合わせて、その名を伏せて呼んだ際に、このような発言をしている。
「ハリー、ヴォルデモートと呼びなさい。ものには必ず適切な名前を用いなさい。名前を恐れていると、そのもの自身に対する恐れも大きくなる」
引用 : J.K.ローリング著、松岡裕子訳『ハリー・ポッターと賢者の石』P.438、1999
誰もトラウザーズという呼び名を恐れてはいない(とは思う)が、やはり、ものには適切な名前を用いたいという気持ちが私にはある。
これらが、私が「トラウザーズ」にこだわる理由である。
とはいえ、別にあなたが「スラックス」とか「パンツ」「ズボン」と呼んでも、私はあなたを軽蔑したり嘲笑したりはしないので、安心していただきたい。
ただ、非常に残念なことに、日本ではトラウザー(Trouser)と言われることがある。
何を言いたいのかというと、トラウザーズ(Trousers)と、複数形にしなければ成立しないということである。
英語では「2つ揃わなければ成立しないものは複数形」という考え方がある。
2つ揃わなければ成立しないもの - 例えば、A pair of gloves(1組の手袋)とか、A pair of shoes(1組の靴)のようなもの -
履くもの (北海道などでは、手袋も「履く」ということがある)は原則として複数形である。
履くものではないが、A pair of chopsticks(1膳の箸)もそうだ。
ただ、それらの片方をなくした時、そのなくしたものについて話す時はもちろん単数形になるということは、説明するまでもないだろう(日本の義務教育における英語教育がきちんと機能しているとすれば)。
冗談はここまでにして、話は戻るが、結局何を言いたいのかと言えば、
「脚を通す筒状の部分(トラウザー)が2つなければ成立しない」
ということで、複数形のsがついて、A pair of trousers(1着のトラウザーズ)と呼ばれるのである。
これは、トラウザーズが生まれる前の18世紀頃に履かれていた「ブリーチズ(breeches)」の頃の名残と言われている。
上の画像の半ズボン、これがブリーチズである。足首やふくらはぎなどは、ストッキングで覆っている。
Breechは現代の英語においては、「銃尾」や「砲尾」、すなわち銃や大砲の後ろの弾を込める部分を指す単語だが、古い英語では「臀部」すなわち「尻」や、「底部分」「後部」など、現代英語におけるBottom(ボトム)とほぼ同じ意味を持っていた。
つまりBreechesは、尻を覆うという、ひねりもない、役割そのままの名前である。
ちなみに、逆子(胎児が通常のように頭部から産まれるではなく、下半身から産まれること。正式には骨盤位という)で産まれることを英語ではBreech birthと呼ぶ。
さて、ブリーチズの製造過程では、右脚を通すパーツ(ブリーチ)と左脚を通すパーツ(ブリーチ)がバラバラの状態だったらしく、その股間部分に別の布を縫い付けて、ようやく1つのブリーチズとなる。
両脚を通したら、左右のパーツをボタンで留め合わせて、さらに前部分に縫い付けられた布で股を覆い隠してボタンで留める、という履き方をしていたらしい。
下の画像がそれで、前部分の布が開いた状態である。
当時はもちろんベルトではなくズボン吊り(いわゆるサスペンダーズ。英国ではブレイスィズとも)を用いていたため、排泄の欲求に応えるためには、この前が大きく開く仕組みは大いに役立ったであろう。現在のトラウザーズよりも機能的かもしれない。
うんちくが予想以上に長くなってしまったが、つまり「トラウザー」では、片足だけ履いているおかしな状態になってしまうので、最後にきちんと「足を通す部分はちゃんと2本ありますよ」という意味を込めて(別に込める必要はないのだが)、複数形のsをつけるというわけだ。
字面としても、「パンツ」よりも「トラウザーズ」のほうが上品な気がする。
「トラウザーズ」が広まってほしいと切実に願う。
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